東欧原種の葡萄 2014   Szerémi zöld (マジャル語)/ Sremska Zelenika(セルビア語)

  2014/8/19

Szerémi zöld  
Sremska Zelenika

‘スレム地方の緑‘の意

東欧原種の葡萄

セルビア語:Срем  ハンガリー語:Szerém, Szerémség
このセレム(スレム)という地域は、現在ハンガリー、セルビア、クロアチアにまたがる土地を指します。
パンノニア平原の一角を占める肥沃な平地で、ドナウ川とサヴァ川に挟まれ、
ローマ皇帝プロブス(276 - 282)の出身地(ローマ属州パンノニアの州都シルミウム)。
さらにローマ人がパンノニアと定める前は、イリュリア人、ケルト人が生活していた。

この地域の、本当の土着の民族とは? それは神のみぞ知るでしょう。

なぜならセルビア領のレムが属するヴォイヴォディナ自治州(セルビア語Autonomna Pokrajina Vojvodina/ハンガリーマジャル語Vajdaság Autonóm Tartomány. 首都ノヴィ・サド)には、26を超える民族が通りを行き交い、
6つの言語が街で聞こえてくるそれはこの土地が余りにも豊かであるがゆえ、
所領を廻る果てしない戦いが続いたことを意味します。

古代、この地はパンノニアという静かな海であり、Fruška Gora(フルシュカゴーラ)という小さな島が、現在の同名の539mの山である。多彩なミネラルに富んだ土壌が葡萄を育てる沃野となった。
この地で、葡萄の原種によるワインの作り手が紹介されていたので目を引きました。
マーラー・オスカール 氏 MaurerOszkár 
Vinarija(Winery) Maurer
 
http://www.rawfair.com/2013/artisans/oszkar-maurer   
2014年ロンドンとウイーンでの開催される世界のブドウとワイン作りの職人'アルチザン'のワインフェアに出展するとのこと。彼の毅然とした、伝統の守り手としての態度が記されている。
彼自身100%ハンガリー人だが、農地と生活の基盤はセルビア領内である。
彼の畑からのワインには、名の知れたメルローMerlotピノノワールpinot noir、リースリングRieslingの他に不思議な文字が並んでいる。
原種名は現地の言葉だと魅力が際立ちます。

「私の願いは、
レム地域の昔の原種(バカトール、セム・ールド、カダルカ、メーゼシュ・フェフィーァ)を蘇らせることです。それらは平均して樹齢60年以上のもので、もっとも古いカダルカに至っては、1880年代と1912年に植えられたものがありますMy goal was to plant back the old varieties (Bakator, Szerémi Zöld, Kadarka, Mézes Fehér) which originate from Szerémi region.The average age of the old vineyards growing is 60 years. The oldest plots are Kadarkas planted in the 1880s and 1912.」
他の記事では、セルビア語での呼称でしょうか?「80% of the plantings are native varieties such as kevedinka , slanka ,  Slankamenka , kadarka」 と答えています。

ハンガリーのトカイ貴腐ワインには、
新しく基準(現在は6つの品種の中から作ってよいこと)が定められていますが、貴腐以外のスティルワインについては様々な原種とおぼしき品種が多く対象となっています(参照link)
セレム地域でも、もともと様々な魅力的な品種があるのでしょう。

このKadarkaについては、1880年代ならば、フィロキセラPhylloxera(Filoxéra)=ブドウネアブラムシの害を受けなかったものを、マーラー氏の曽祖父のあたりから接ぎ木をせずにまだ守ってきたのかもしれません。
もともと、1870-1890年代に北アメリカからの苗木(フィロキセラ耐性を持つ)によって、この害虫がヨーロッパ中に伝染・蔓延して、
根こそぎヨーロッパブドウ(ヴィニフェラ種)を枯らしてしまうそれ以前には、さまざまな品種が東欧、ハンガリーには存在していたようです。

またBakatorについてはオスマントルコから追いやられたセルビア人がアドリア海沿岸アルバニアの方から移植したとも言われています。

この地を支配してきたハプスブルグ帝国、ナチ、共産主義、すべて世界の一部の権力者が私欲のために農民から神聖な鍬を取り上げ、野蛮な銃を持たせ、何も「生産」しないまま、ひたすら戦争で国々を疲弊させる、、、
東欧の国の中でこの破壊の連鎖を免れたのはひとつとしてない。

その国の支配者は国際銀行家に戦争の為に借財をして、国民は永遠にその利子を払い続ける。過去の贖罪を背負うのはいつでもその後の市民。現代の貨幣経済の悪しき側面は、戦争経済を通じて、長く培ってきた伝統文化の芽をいとも簡単に、短期間に摘みとり、根こそぎ刈り取ってしまうこと、根というのはヨーロッパ人の精神文化であり、葡萄栽培、ワイン作りはそのひとつでしょう。

冷戦終了直後もこの
レム地域をめぐり、セルビアとクロアチアで紛争があった。19世紀以降、世界の戦争によって得をしたのは金融・産業資本家のみ。

数世代に渡る東欧の農家のモノ作りの伝統、さらには生命の尊厳すら奪われ、畑は荒れ、土着の品種は追いやられ、冷戦時代の質より量を重視したワイン作りでとどめをさされ、この歴史に残るセレム地域の名を衰退させてしまったようです。
フランスやドイツ、イタリアに大きく後れを取ってしまった。

フランス原種のシャルドネChardonnayが名実ともに世界で権威を得ているのは、フランスという国の力があってこそ。
氷河期後の同じ欧州大陸の原種という立場では、シャルドネも上記の東欧の葡萄もスタートは同じであったはず。しかし東欧の品種が日本の店で顔を見せる事もない。
第一次大戦前は、スレム地域の南部、セルビアのセレムスキ・カルロヴツィ(Сремски Карловци / Sremski Karlovciで製造された、Ausbruch(同名のオーストリアの甘口ワインとはまた異なる醸造法。多種のハーブなど付加)は、タイタニック号のワインリストにも載り、トカイと同じく東欧のワインの名産地として評価されていたようです(また後日記載)。

様々な苦難を辿ったレム地域の農家が、東欧の原種をしっかり育て伝えていくことで、トカイ・ルネサンス(ハンガリー伝統の貴腐ワイン改めて生む1990年以降)の様に世界から再び注目を浴びることを祈りたいものです。

このマーラー・オスカール氏もbiodynamic 栽培で無農薬、土着の野生の酵母使用など、理想を追求し、現在セルビア、オーストリア、ハンガリーの三国の通販サイトで彼のワインが見受けられる。
ハンガリー・オルヴァン首相の言う「EUの政治的な安定」はセルビアへの良い影響も生んでいるのでしょうか。セルビアにおけるハンガリー人マーラー氏の試みこそその証明と言えるものでしょう。精神的・経済的余裕は文化の基盤です

もはやサタンもないとともに、ミカエル(戦いの天使)もないだろう、すべてが調和と喜びと生命であるべき日もやがて来るであろう」Victor Hugo  LES MISERABLES Ⅳ 
6月暴動の首領アンジョーラの言葉

File:Fruska gora - pogled na Backu.JPG
National Park "Fruška Gora"



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