わたしは真の葡萄の木、あなたたちはその枝である。音楽に国境はないのと同じく、葡萄にも国境はない。 過去世のご縁の再現 東欧葡萄巡礼 2014



セルビア北部の都市スボティツアから、北東へ数キロの
セルビア領内ハンガリー人の村ハイドゥコヴォ(Хајдуково・Hajdukovo )の
マーラー・オスカール・ワイナリーの畑より、2014.10月の収穫時。

素晴らしい歴史的な遺産 そしてこんなに若々しい新しい実をつける

樹齢109歳の白ワイン品種:
Sremska zelenikaスレムスカ・ゼレニカ(セルビア語)
SZEREMI ZOELD セリミ・ズォールド (ハンガリー語)
「スレム地方の緑」の意  

 

私は、マーラーさんのワインでは、
これと、Bakator(バカトル)、ケヴィディンカが好きだった。




1881年のKadarka 種の枯れ木を片手のMaurer Oscar
2014.March.24  ハイドゥコヴォ Hajdukovoにて

2014 Octover 8

2014年10月~収穫期のセルビア・ヴォイヴォディナ自治州(Vojvodina)の歴史的な大ワイン産地フルシュカ・ゴーラ(Fruška Gora セルビアの国立公園でもある)近くのマーラーさん(Oskar Maurer)の畑より。雨でやられた不作のメルロー種。

この年は、初夏からの大雨による不作で例年の10-20%しか収穫量がなかった。
ボスニアでは100年に一度の大雨で国土の3分の1が水浸しになった。
ここは、農業、ワイン作りが盛んで、多民族が住む土地であり、同時に、数多くの葡萄の品種がある。
マーラーさんとは、2014年3月に出会い、その年の夏、秋、冬と、畑と醸造所をめぐらせて頂き、一緒に葡萄を積み、醸造を手伝った。



1909年 樹齢105年の葡萄から作ったワイン
「1909 SZEREMI ZOELD2012」 
スボティツアの美しい市庁舎 Gradska kuća u Subotici
Marcela Komoraマルチェロ・コモル(1868—1944) とDežea Jakabaデザ・ヤカブ(1864—1932)によって当時の非常にモダンなスタイルであるハンガリーの アールヌーボー様式で建てらた。様式化された多数のチューリップのパターンで装飾。
1910年に外観完成 1912年内装が完成し、当時の一流の職人が装飾
 
ホテル・ガレリヤHotel Galleriaにて
枯れ木は1880年生まれのKadarkaカダルカ(マーラーさんから頂く)

彼は、古代、近代の、このパンノニア平原、ハンガリーの1000年に渡る葡萄栽培、ワイン醸造の歴史、それはハンガリーの国家成立時からの歴史、ハンガリー人の人生そのもの。
マーラーさんは、あらゆる品種、その相応しい土地の特色など博識の方で、
ハンガリー人としての誇り高く、不幸にも先祖代々の土地が、第二次大戦後セルビア領になったため、セルビア国籍であった。しかし、育種や醸造についても、同業のセルビア人醸造者からも尊敬を受けていました。
ハンガリー人が国境を超えて、マーラーさん宅に、ワインと食をたしなみに来るのを
たびたび見かけていました。(私も、幾度も、彼の家で食事をご馳走いただいた、この感謝は忘れない。葡萄の搾りをしている合間、皆と一緒に庭で、ターキッシュ・コーヒーも味わった。)

さらにかれは、聖書についても深く知り、聖書やハンガリーの古書に書かれている葡萄にまつわる文書についてもよく知り、語り部のように、ときおり彼のショップに、スボティツアの町の人をよんで、弾き語りならぬ、ワインと葡萄についての独演会をされていた。
彼の言葉は同郷のハンガリー人達のこころをとらえて離さず、皆、深く聴き入り、
時に笑顔で、夜がゆっくり更けていくのを心ゆくままに楽しんでいた。
なんと人間らしい、ゆたかな時間だろう。

もちろん、セルビア人、クロアチア人、イスラム系(ムスリム)のひとたちも彼のワインショップにやってきます。ここは多民族共生の土地なのだから。

私が彼に初めてあったのはその‘独演会‘においてだった。



ユーゴスラビア紛争(コソヴィ紛争)においてNATOが制裁としてセルビアを爆撃して、
ここSuboticaにも4発のミサイルが町を襲い被害を与えた日1999.3.24から、
ちょうど15年目の2014.3.24に
私がこの場所を訪れていたことを、帰国してから知る。
スボティツァはその後さらに7回爆撃された。
爆撃により1名が亡くなり、数名が負傷し、推定100万ドイツマルクの物理的被害も発生しました。爆撃による最も大きな被害の一つは、ラジオ・スボティツァの送信設備でした。
スボティツアはハンガリー人系ヨゼフ・カサ市長がNATOに加盟したばかりのハンガリーに抗議したのもむなしく終わった

春の陽気からこの日はうってかわって
朝からシトシト雨が降っており、昨日までの春の陽気から冬に戻ったような寒々しさと陰鬱さを街は醸し出していた。その場に自分が居合わせたことを不思議に感じた。
中心部で慰霊祭が行われていた。
セルビア人で知り合ったある程度の年齢の方は、みなこのいわれのない、
NATOの卑怯ともいえる民間人、民間施設への爆撃を非難していた。
当時の戦争の原因から経過まで米国を始めとした大国の思惑と利権による介入があり
その後、次々にセルビアと同じ目に遭う国が表れることになる。

(さらに夏に再訪したときに知るのだが、マーラーさんもハンガリー人だがセルビア軍として従軍しユーゴスラビア内戦でサラエヴォで戦ったということを知る。そして彼のワイナリーの従業員の仲間も「セルビア軍のハンガリー人部隊は最前線で戦わされた」と聞き驚愕する)
私は、タクシーでノヴィサドNovisadまで向かい、スレムスキ・カルロヴツィSremski Karlovciでワインを購入し、
そこから電車で再度北上、セルビア国境を越え、
ハンガリーブダペストまで直通の列車に乗った。
ドイツのボンまでの行かなくては、と、なぜならMarch.26はベートヴェンの命日だから。

   寝台列車でライン河を北上、朝もやと、川から蒸気がたっているのが、美しかった。

Marksburgマルクスブルク城  ~列車でライン川を北上中 朝6時代に車窓から見た風景
ドイツ連邦共和国西部ラインラント=プファルツ州ライン=ラーン郡にある市ブラウバッハBraubachの城 (コブレンツの南東)
Marksburgマルクスブルク城  アンティーク絵葉書

デユッセルドルフDüsseldorfのRobert Schumannシューマン記念館で
ピアノを弾かせて頂く
翌日は隣のボンへ

2014.March 26 ボン中心部にあるケルン選帝侯大司教の宮殿の公園を背景に

白はセルビア・ハンガリー地域の固有種(右)ケヴィディンカ
Koevidinka2012(Bela) Maurer Oszkar  


Tamijanika 2012(Bela) Maurer Oszkar 
南フランス原産のマスカットの変種 香りが素晴らしい白
スレム地方では500年前位から作られている。




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2014夏に再び、東欧を再訪した。バルカン北部のセルビアのスボティツアから、
バルカン半島全体を周遊した。ワインの取材をメインに。

その際、日本人指揮者のベートヴェン第九の演奏会がボスニア・ヘルツエゴヴィナのサラエボであり(第一次大戦開始からちょうど100年の記念式典)その晩餐会のために、マーラーさんのワイン(カダルカ種とケヴィディンカ種)を大量に調達させてもらった。

スボティツアの彼の店からサラエボまで、セルビアの海軍兵士だったタクシーの運転手にワインを乗せて連れて行ってもらった。
マーラーさんは、ボスニア紛争のときに、セルビア軍に従軍し、セルビア在住ハンガリー人兵士としてサラエボ攻囲戦でスナイパーとして幾冬も過ごしたことを仲間から聞いた、
ハンガリー人兵士は、セルビア人よりも、より危険な前線に送り出されたことにショックを受けた。戦後は、地方行政府から安ワインが大量に送られてきたことも、戦争のトラウマ・被害を中毒で忘れさせる、政府が非人道的な対応であったことも。
マーラーさん自身は当時の経験は自分の口からは語りたがらなかった。

2014.6.27
神様の恵み、神様そのものともいえるひとつの大きな葡萄の木の、
それぞれ四方八方に伸びる枝であるわたしたちは、
過去世で生活をともにした見えないご縁が、
ひとときでもこのように現世でも再現した嬉しさによって
その旅のなかでも格別な思い出となり、
そのあとの人生においても、わたしたちを真に勇気づけてくれるもの

「わたしは まことの葡萄の木 あなたたちは その枝である」
I am the vine,   you are the branches.  - Jesus Christ. 
      …新約聖書ヨハネ福音書15章」
 En Vagyok Az igazi szőlőtő. Ti a szőlővesszők (ハンガリー語)




音楽に国境はないのと同じく、葡萄にも国境はありません。
国ごとに固有の呼び方をしていても、品種的に全く同じものが見られます。


東欧の国々は古来より、葡萄が繋げ、葡萄を愛する人がその絆を深い所で守っているはずです。この古い宗教画は、
キリストと使徒たちを、葡萄の幹と枝(実)に喩えて、
皆が繋がっていることを象徴的に伝えます。

モノ造りの心もそう。
新旧の造り手の不滅の情熱は、度重なる戦争で破壊された様に見えても、
しっかり受け継がれており、破壊し得ない、そう思います。
伝統的な造りのワインの本質は、テクノロジー、ケミカルワインの及ぶ所ではありません。素人の私でもきちんと経験すればその違いを感じます。

ヴォイヴォディナのスレム地方の原種の葡萄を育てる彼の情熱、香りの素晴らしいワイン、自宅でのもてなし、
一緒に働いたハンガリー人たちのやさしさ、実直さ、本当に忘れられない思い出です。

2014年に、マーラーさんのカダルカKadarkaという品種(1880年から存命の種)をみてから
葡萄の生命力に感嘆し、また、そのkadarka種が、遠くトルコの方から発祥した種で
各地で土地の固有名で呼ばれていることに興味をもった。
彼の話では、トルコのイスタンブールのユスキュダル(Üsküdar)場所がこの品種の命名に関係がある可能性があるかもしれない、と言っていた。

カダルカ種(ハンガリー)の同品種別名   呼び名が民族によって異なる
カルメットKallmet  アルバニア
ギャムザGamza ルーマニア・ブルガリア

バルカン半島の戦争の絶えない時代に、ある民族の農民から別の民族の農民に、民族をこえて、美味しいワインの美味しい葡萄の品種が国境をこえて伝搬していっている事実が、
人間の愛するものに国境はなく、それで人生と生活に華を添えてきた、ワインと葡萄に、
何か平和の象徴的なものとしても深く感じるものがあった。

ヨシュアとカレブがカナンの地(約束の地)から巨大なブドウの房を持って帰って来る絵


キリストの言葉も、その葡萄の枝が、夏の間、旺盛に四方八方に伸び、高々と天に向かって
樹勢を保つさまも、「万人に愛されること、汎用、品位、生命力」を感じさせるものが葡萄にあるからだと思います。




私は、各地に葡萄の品種、そしてカダルカの各地の呼称のものをこの目で見て、また飲みたくなり、サラエボでの晩餐会のあと、さっそく、各地への旅に出た。個人的な東欧葡萄巡礼。

その動画です、ぜひご覧ください。多民族のブドウ園を訪れました。
「2014夏 葡萄の木は民族をつなぐ」

ミリャツカ河(Miljacka)  サラエボの中心を流れる川  
ここからバルカンの国々を回る。
ドナウ河、そしてサヴァ河、オヒリド湖、シュコドラ湖、パリッチュ湖、
御縁があった街とそして人々は、みな水のほとりに住んでいる方々でした

2014夏の経路 (冬にはクロアチア、スロヴェニア、オーストリアへも)
セルビア
→ボスニア・ヘルツエゴヴィナ
→クロアチア
→モンテネグロ
→アルバニア
→マケドニア
→セルビア帰還





















Oskar Maurerさんの大キリスト農園(2014 10月)
場所:セルビア、ノヴィサドからすぐ南側の都市スレムスキ・カルロヴツィСремски Карловци ドナウの河畔からそう遠く離れていない、小高い丘にあり、
朝の日光に照らされる、壮大な眺めの畑。
千年以上のワイン文化を感じさせてくれた。


2014年は、ほぼ1年中東欧で過ごしたことになる
春には、ポーランドのクラクフ、ハンガリーのブダペスト、トカイ、マード、オボウイサント、セルビアのスボティツア、スレムスキ・カルロヴィッツ、ドイツのデユッセルドルフ、ボン

ブダペスト東駅Budapest Keleti 

Elisabeth von Österreich,Sissi(Kaiserin Elisabeth Denkmal, Budapest)
皇妃エリザベートの像  ブダベスト


マーチャーシュの噴水の隣にある4つ星高級ホテル
2014年当時のホテル名はBOSCOLO BUDAPEST
現在はAnantara New York Palace Budapest Hotelに改名したようです。



ホテル内併設の New York Café, Erzsébet körút, ハンガリー

アメリカのニューヨーク生命保険会社により1894年建てられた

ハンガリーの美しい文化遺産

1900年代前半からハンガリーの作家、映画制作者や芸術家たちが集まっていた

映画「カサブランカ」を監督した、後に「マイケル・カーティス」の名で世界的に知られることとなる映画監督、

ケルテース・ミハーイも1910年代にこのカフェに頻繁に足を運んでいました。



ハンガリーの革命独立戦争記念日 3.15にゲッレールトの丘に登る
Szabadság-szobor  自由の像 ハンガリーブダペストのブダ地区

MINDAZOK EMLÉKÉRE AKIK
ÉLETÜKET ÁLDOZTÁK MAGYARORSZÁG
FÜGGETLENSÉGÉÉRT, SZABADSÁGÁÉRT  ÉS BOLDOGULÁSÁÉRT

ハンガリーの独立と 自由と幸福のために 命を捧げた者達 全てを記念して

マード村の葡萄畑 2014.3.17
セプシ・ワイナリーのそれぞれ畑の名前の付いたワイン
(キラーイ2008、セプシ2009、セントタマシュ2010、ベツェック2011、  
 ニュラゾー2011)
1631年創業の18代目のセプシ・イシュトバーン氏

貴腐葡萄よりできたワイン
サモロドニ2008、アスー2006(セプシ・ワイナリー)
ビルサルマーシュ2007(ロイヤル・トカイ)
MAD村葡萄畑の地図
Mad駅 2014.March16 
















Madi Kuria Hotel 
2014.March20


2014.3.18 桜の木が、葡萄畑い沿って咲く 

Tokaj Pendits winery  Abaújszántó村  Hungary 
2014.March20
オボウイサント村のトカイ・ペンディッチュワイナリーも訪ねました
美しい畑   すぐそばに、天に祈りをささげるマリア像がある。A Kálvária kezdőpontja

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そして、夏は、バルカン周遊のために再び、訪問


秋は、セルビアで収穫の手伝い(スボティツア、ハイドウコボ、スレムスキ・カルウロヴィッツ)

冬は、スボティツア市の、文学、建築の取材
スロヴェニア(ザゴリエ・オブ・サビ、コトレデジュ・トウルボブレ・リュブリャナ)
オーストリア(ウイーン)

the portal to the balkan ,  the border of hungary-Serbia
ハンガリーとセルビアの国境  Horgoš  ホロゴシュ駅











































Lake Ohilid オヒリド湖  マケドニア側より


Neum ネウム  海を見下ろす丘の葡萄畑
ボスニアの唯一の港町より、アドリア海に続く






東欧原種の葡萄 2014   Szerémi zöld (マジャル語)/ Sremska Zelenika(セルビア語)

  2014/8/19

Szerémi zöld  
Sremska Zelenika

‘スレム地方の緑‘の意

東欧原種の葡萄

セルビア語:Срем  ハンガリー語:Szerém, Szerémség
このセレム(スレム)という地域は、現在ハンガリー、セルビア、クロアチアにまたがる土地を指します。
パンノニア平原の一角を占める肥沃な平地で、ドナウ川とサヴァ川に挟まれ、
ローマ皇帝プロブス(276 - 282)の出身地(ローマ属州パンノニアの州都シルミウム)。
さらにローマ人がパンノニアと定める前は、イリュリア人、ケルト人が生活していた。

この地域の、本当の土着の民族とは? それは神のみぞ知るでしょう。

なぜならセルビア領のスレムが属するヴォイヴォディナ自治州(セルビア語Autonomna Pokrajina Vojvodina/ハンガリーマジャル語Vajdaság Autonóm Tartomány. 首都ノヴィ・サド)には、26を超える民族が通りを行き交い、
6つの言語が街で聞こえてくる。それはこの土地が余りにも豊かであるがゆえ、
所領を廻る果てしない戦いが続いたことを意味します。

古代、この地はパンノニアという静かな海であり、Fruška Gora(フルシュカゴーラ)という小さな島が、現在の同名の539mの山である。多彩なミネラルに富んだ土壌が葡萄を育てる沃野となった。
この地で、葡萄の原種によるワインの作り手が紹介されていたので目を引きました。
マーラー・オスカール 氏 MaurerOszkár 
Vinarija(Winery) Maurer
 
http://www.rawfair.com/2013/artisans/oszkar-maurer   
2014年ロンドンとウイーンでの開催される世界のブドウとワイン作りの職人'アルチザン'のワインフェアに出展するとのこと。彼の毅然とした、伝統の守り手としての態度が記されている。
彼自身100%ハンガリー人だが、農地と生活の基盤はセルビア領内である。
彼の畑からのワインには、名の知れたメルローMerlot、ピノノワールpinot noir、リースリングRieslingの他に不思議な文字が並んでいる。
原種名は現地の言葉だと魅力が際立ちます。

「私の願いは、
スレム地域の昔の原種(バカトール、セリーム・ズールド、カダルカ、メーゼシュ・フェフィーァ)を蘇らせることです。それらは平均して樹齢60年以上のもので、もっとも古いカダルカに至っては、1880年代と1912年に植えられたものがあります。My goal was to plant back the old varieties (Bakator, Szerémi Zöld, Kadarka, Mézes Fehér) which originate from Szerémi region.The average age of the old vineyards growing is 60 years. The oldest plots are Kadarkas planted in the 1880s and 1912.」
他の記事では、セルビア語での呼称でしょうか?「80% of the plantings are native varieties such as kevedinka , slanka ,  Slankamenka , kadarka」 と答えています。

ハンガリーのトカイ貴腐ワインには、
新しく基準(現在は6つの品種の中から作ってよいこと)が定められていますが、貴腐以外のスティルワインについては様々な原種とおぼしき品種が多く対象となっています(参照link)
セレム地域でも、もともと様々な魅力的な品種があるのでしょう。

このKadarkaについては、1880年代ならば、フィロキセラPhylloxera(Filoxéra)=ブドウネアブラムシの害を受けなかったものを、マーラー氏の曽祖父のあたりから接ぎ木をせずにまだ守ってきたのかもしれません。
もともと、1870-1890年代に北アメリカからの苗木(フィロキセラ耐性を持つ)によって、この害虫がヨーロッパ中に伝染・蔓延して、
根こそぎヨーロッパブドウ(ヴィニフェラ種)を枯らしてしまうそれ以前には、さまざまな品種が東欧、ハンガリーには存在していたようです。

またBakatorについてはオスマントルコから追いやられたセルビア人がアドリア海沿岸アルバニアの方から移植したとも言われています。

この地を支配してきたハプスブルグ帝国、ナチ、共産主義、すべて世界の一部の権力者が私欲のために農民から神聖な鍬を取り上げ、野蛮な銃を持たせ、何も「生産」しないまま、ひたすら戦争で国々を疲弊させる、、、
東欧の国の中でこの破壊の連鎖を免れたのはひとつとしてない。

その国の支配者は国際銀行家に戦争の為に借財をして、国民は永遠にその利子を払い続ける。過去の贖罪を背負うのはいつでもその後の市民。現代の貨幣経済の悪しき側面は、戦争経済を通じて、長く培ってきた伝統文化の芽をいとも簡単に、短期間に摘みとり、根こそぎ刈り取ってしまうこと、根というのはヨーロッパ人の精神文化であり、葡萄栽培、ワイン作りはそのひとつでしょう。

冷戦終了直後もこの
スレム地域をめぐり、セルビアとクロアチアで紛争があった。19世紀以降、世界の戦争によって得をしたのは金融・産業資本家のみ。

数世代に渡る東欧の農家のモノ作りの伝統、さらには生命の尊厳すら奪われ、畑は荒れ、土着の品種は追いやられ、冷戦時代の質より量を重視したワイン作りでとどめをさされ、この歴史に残るセレム地域の名を衰退させてしまったようです。
フランスやドイツ、イタリアに大きく後れを取ってしまった。

フランス原種のシャルドネChardonnayが名実ともに世界で権威を得ているのは、フランスという国の力があってこそ。
氷河期後の同じ欧州大陸の原種という立場では、シャルドネも上記の東欧の葡萄もスタートは同じであったはず。しかし東欧の品種が日本の店で顔を見せる事もない。
第一次大戦前は、スレム地域の南部、セルビアのセレムスキ・カルロヴツィ(Сремски Карловци / Sremski Karlovci)で製造された、Ausbruch(同名のオーストリアの甘口ワインとはまた異なる醸造法。多種のハーブなど付加)は、タイタニック号のワインリストにも載り、トカイと同じく東欧のワインの名産地として評価されていたようです(また後日記載)。

様々な苦難を辿ったスレム地域の農家が、東欧の原種をしっかり育て伝えていくことで、トカイ・ルネサンス(ハンガリー伝統の貴腐ワイン改めて生む1990年以降)の様に世界から再び注目を浴びることを祈りたいものです。

このマーラー・オスカール氏もbiodynamic 栽培で無農薬、土着の野生の酵母使用など、理想を追求し、現在セルビア、オーストリア、ハンガリーの三国の通販サイトで彼のワインが見受けられる。
ハンガリー・オルヴァン首相の言う「EUの政治的な安定」はセルビアへの良い影響も生んでいるのでしょうか。セルビアにおけるハンガリー人マーラー氏の試みこそその証明と言えるものでしょう。精神的・経済的余裕は文化の基盤です

「もはやサタンもないとともに、ミカエル(戦いの天使)もないだろう、すべてが調和と喜びと生命であるべき日もやがて来るであろう」Victor Hugo  LES MISERABLES Ⅳ 
6月暴動の首領アンジョーラの言葉

File:Fruska gora - pogled na Backu.JPG
National Park "Fruška Gora"



マインドとフィジカル 2つのエネルギーの背景にあること 

食を正し、身体が軽く、調子が良いと、それは良く調律された楽器のように、
美しく、明るい本来の心とも繋がりやすくなり、発する言葉は、相手の心に響くことでしょう。

その快さが続けば、子供のように、自然の、周囲の人の良いエネルギーがどんどん入り
吸収し、メッセージとアイデアの送受信できますね。
社会の人々との共時性、国外に出た時に初めて出会った人でも初めてではないような感覚、久しぶりの友との会話でシンクロニシティを感じるような内容にも、思い当たることと思います。
軽快な心に、体が適応しようとして人は、自然と本能的に食に気をつけ、ますます身心軽くなるというスパイラルが自ずと生まれます、同時に反対のスパイラルもありますよね、

どっちに転んでも、それは運という、常に変化しているエネルギーと、さらに自分で選べない、社会、国、祖先、地球、様々な星々とのつながり、あらゆる過去にご縁があったものを逆らえずに呼び寄せてします「Law of attraction」ですね。
それを常にPositiveな引き寄せ、めぐりあわせにしたいものです。
旅先で撮った写真に皆がニッコリ笑っている姿もそれを教えてくれます。

人にも国にも、使命や天命みたいなものはきっとある気がいたします。
意味があって、その人は、その国境に住み、所属する国が変わり、
また農地を祖先から受け継ぐ人、各地を回る人、国歌というものに反応しない父母のルーツが
3つも4つも国がある人などにたくさん出会い、過ごしました。
彼らの中の大きな違いは、その状況を受け入れ、変えられない歴史のせいにせず、
その起きた出来事をとらえているかどうかでした。
素敵だなと思う人は、個人の出来事の意味を話し始めたときに、
おのずと外部ではなく、自分の心が生み出したと、謙虚な態度でいるひとです。
出来事はすべて、心の映し鏡にして、peaceful state of mindが土台に据えられて
はじめて良い循環がめぐるものだと思います。

ただし、その良い心が宿せるかも フィジカルな体をどのように扱うかで影響を受けます。
流れを、大きく左右してしまうのもの、そして、いつのまにか本来の
自分のあるべき場所に連れて行ってくれる、時には、そうでない場所に連れ去ってしまうのが、
毎日何も考えないで習慣にしている、「食べる」というエネルギーの「受信」になります。

そしてそれをさらに、人間の無数の細胞、共生する腸内細菌が、「受信」するのです。
それによって、エネルギーを生成し、「送信」が生まれ、循環していきます。
その生命体の送受信の連鎖が良いのか、そうでないのか。
子供のDNAにコードされた細胞分裂に象徴されるように、
細胞内のミトコンドリアが生む力、
そして人類の進化の途上で、共生することで、我々に必要なものを提供してくれる
細菌(腸内細菌、善玉菌)の生分解・生合成力のパワーは、いかなる時も
大切にしたいものです。

かならず生命ある有機体は、分解し、生成します。
自らで自らを作り上げる、セルフ・オーガナイズの仕組みがエンコードされています。その仕組みを尊重しているのかどうか
それが食の在り方になります。


現代の人が、アニマル・フード(肉食・高たんぱく食)は、生分解(biodegradation)にものすごいエネルギーを使うので身体は疲れてしまいます。

正確には、アニマル・フードは、「野菜、果物、すなわち、プラント・フード」を摂取するときよりも
酵素使用量が多く、燃費が高くつきます。

・消化器官で酵素を多量に使用します。

・また肝臓でたんぱく質(アミノ酸)を、糖質(ブドウ糖)や脂質(脂肪酸)に変換する際にも、
 体内の酵素を多量に使用します。

・共生してくれている腸内細菌は、アニマル・フードの場合、悪玉菌の割合が増え、その
菌が出すアンモニア(毒素)などを、尿素回路での処理で酵素を多量に使用します。

多量の酵素を生成するには、細胞のミトコンドリア・エネルギー(ATP)を多量に使用します。
つまり、このミトコンドリアエネルギーを運動や仕事や活動に使うべきものを、
食べたものの消化に使ってしまうわけですね。疲れてしまう理由です。

穀物の中の、小麦も問題になります。
小麦はグルテンで、腸壁にへばりつき、破り(Leaky Gut Syndrome:リーキーガット) 、
農薬や、肉食でのアンモニア、人工の化学添加物、これらの、毒素が血管内に入りやすく、
生体にとって、これらは異物(アレルゲン)となり、抗原とみなされ、
過剰に抗体を創ろうとします。 抗原抗体反応です。

これが、現代のあらゆる部位で見られる膠原病、アトピー、リウマチ、であり、
宿主に、「異物」を摂りすぎですよ、腸を守って、というメッセージです。

白砂糖も、小麦も、摂取分解後の、グリコーゲン生成が早いですから
血糖が、急激に高くなり、インスリンホルモン分泌が「疲れて」しまいます。
問題は、内分泌ホルモン機能は、一部が疲弊すれば、全体に影響するということです。

全身の内分泌全体のバランスを崩し、女性ならエストロゲン分泌、
アトピー、アレルギーの慢性化になれば、副腎皮質ホルモン分泌が不足し、
すべて更年期に起こるはずが、
日本では若年層に起きて、若い女性が乳がん(リンパ浮腫と切り離せない)が多いですね。
リンパが健全に流れないことによる体内のデトックス不全も大きな問題です。

また、白砂糖は分解に、ミネラルを大量に使用するので、ただでさえ
ミネラルが少ない現代食では、分解できず、体内に、細胞内外に蓄積されて、
これが不調のもとになります。


*ミネラルは、細胞の内外の流通経路、送受信に欠かせないものですから、
クスリでは、往々にこの体内のミネラルを無理に調節することですので
細胞の自然な働きを止め、クスリによる働き、
永遠の摂取に依存させる身体に変えてしまいます。
自ら、自動調節ができないのが、良いことなのかどうかは自明のことですね。

摂取の過多、摂取物を考慮しないこと、この我欲の2つの特徴は、
生分解での酵素使用の過多、ミトコンドリアエネルギーの使用過多という、道を進み、
摂取しても分解不能であれば、栄養をとっても、一向に体調は回復しないという
こんなはずじゃないという、夢にも思わない、謎の目的地に着きます。

細胞内外がきれいでないので、栄養が、極小単位の生命体である、ミトコンドリアに届いて
いないということです。この情景が、目に見えない分、意識しているひととそうでないひとは、差がついてしまいます。
食が、己のためにならず、良くない連鎖を止めて、改善するには、
まずそのためには、第一に、デトックスが必要となります。

今までのマイナスをデトックスをするのは大変ですが、
今日から変なものを食べない・入れない、変なものを食べたら出すという作業が必要です。蓄積したマイナスに手をつけるのは、そのあとの話です。

人は、摂取するほど、デトックスに手間をかけません。自分で学び、行動して反芻して、その方法も、必要性も、はじめて感じることができるものなので、デトックスといっても、その意味することが
なかなか判らないものでしょう。
私たちは、内臓の消化機能、体内の酵素生産を過信しています。
肉食で、腸内細菌の悪玉化に拍車をかけて、共存共栄の「菌」への配慮もありません。
コップから水はこぼれてしまいます。

フィジカルでの、物質を「食べ過ぎる」は、マインドでの非物質エネルギーの不足(ストレス)を補うために、人が無意識に行うことです。
マインドのエネルギーを、フィジカルなエネルギーで補うには、注意が必要です。
フィジカルなエネルギーの元である、食を正さなければ、
良いエネルギーを得られないのです。

軽快な人はより軽快に、そうでないひとは逆のスパイラルです、
時間とともに、歴然とした差がついてしまいます。
腸内共生細菌をかえりみない、「罪重ね」となり、反動が来るのは当然のことです。

そのメッセージは、感情の起伏と顔色、そして体調にあらわれます、
共生菌のメッセージも、マインドとフィジカルの上で、
その人の顔色と表情の豊かさに現れるのです。
重たい、何となく暗い表情、まったりしたエネルギー、
それは、腸内細菌(バクテリア)のエネルギー、
そして細胞のミトコンドリアのエネルギーも、
どよーんと周波数が低いので、「重たい」印象を相手に与えてしまうのでしょう。

軽やかな相手のエネルギーを奪うようになってしまいます。
相手のことを考慮せず、すぐに相手のダメ出しをする、してしまう時が、
人間にはありますね。
自分のことばかり話す人も、相手のいやがることを言う、するのも
相手がいやだと思い、思わせることで相手に、自分のマイナスエネルギーに同調、共振させて、
相手のエネルギーを奪おうとする心理的な傾向です。

これは、宇宙のもう一方の、奪うというマイナス・エネルギーの連鎖ですね、
これは循環して、Win-winにはなりません。
エネルギーの循環にはならず、お互いの為になりません。Win-looseの二極化であり、奪われた人は、さらに違う人から奪おうとする流れです。

人でも、国の関係でも同じ、世に示されていることです。二極化の貧富差が揺るがない polarized societyですね。これは、占星学的にいうと、20世紀までのZeitgaeist(時代精神)でもある、
魚座時代の側面です。
魚座の表す、二面性が、物質至上主義としてネガティブに表れて、
この世はすべて、物質上の多い少ないで、善と悪、好き嫌いが決められ、
心のエネルギーがそれに支配されてしまうということです。

科学と知識を通じて、人間社会と集団の潜在・顕在意識を
コントロールしてきた流れがあります。現在もその名残は続いてはいますが、
水瓶座の時代になり、徐々に変化の兆しは、人の意識に促されています。
しかし、食べ物が乱れていれば、時代の変化についていくことはできないでしょう。

生命の循環や、自然や他者への感謝を感じ、
マインドとフィジカルのエネルギーを獲得し、生かしていくことは、
古今、世界中であらゆる分野、人が触れていますが、
すべては食に向き合うことによって、正すことによって、はじめてスタートに立てるということであり、

食は、人にとっての未来への宿命的な課題なのですね。




身体の体重が極度な増加・減少にせよ、その状態は
これは、人間が進化段階で保ってきた植物の光合成Photosynthesis機能に由来(☆)する、
肝臓での自前の糖生成能力が(食糧自給率)失われた証拠です。
また、糖の細胞への吸収の命令伝達因子となるインスリンホルモンが不足した証拠です。、
あまりにも、現代は、歴史に類を見ず、砂糖という、グリコーゲンという
生命に欠かせない栄養が、必要以上に過剰に体内に入り込んできたので、「金融バブル崩壊」と同じです。
消化と代謝の不良債権の状態、貨幣という糖の過剰です。



☆植物には光合成により同化された炭素を炭水化物、糖分として生成し
貯蔵し、自前に使用する能力があり、さらに植物には、窒素固定というアンモニアからアミノ酸→たんぱく質を生成する力がある(人は特に必須アミノ酸摂取については腸内細菌に進化の段階で依存しています)
そのため、個々の細胞は、砂糖の代謝ができず、余りごみ屋敷となり、
それが血管、細胞壁腐食、炎症を起こして、活性酸素のもととなり、病気になる。
終末糖化産物(Advanced Glycation End Products)とも言われていますね。
大量のミネラルを代謝で使ってしまい、さらに血流をわるくして体温をさげ、ミトコンドリアのTCA回路機能(エネルギーを生む)をそこないます。
(植物も、人も、日光にあたり、運動し、体温を36度以上に保つのはホメオスタシスの大前提)

命令伝達因子となるインスリンホルモンが不足または、
それに細胞の受容体が鈍感となり反応できないくなれば
細胞は、そのグリコーゲン(糖分)がやってきても、受信体制をとれず、吸収できません。
まさに自業自得、栄養不良そのため「低血糖」と呼ばれる状態になります。

疲れやすい身体の対処にはのは、さらにホルモン系統、血管の数倍長い、
かつ栄養とホルモンと老廃物の流れを通すリンパのよどみない流れを
気を付けた方が良いですね。
リンパという内分泌のすばらしい仕組みは日本では血管ほど取り上げられません、
それが自律神経という自然界と我々を結ぶ、電気信号にいよって制御されているわけです。

自律神経と腸のこの2つのもの(宇宙、自然の意識と、生命の物質として細胞・細菌の共生意識)を痛めつければ、人類は簡単に依存状態、ものを考えず絶えずストレスで、
低い次元の善悪の二元性の意識に延々と封じ込められる
これまでの歴史をたどらざるを得ないように、まさに市民の消費意識の怠慢がひきおこした食糧産業の医療産業の富の計画を安易に導いてしまったわけですね。

さらに、世界の環境は、生体も土壌も、まさに自ら生合成(biosynthesis)する能力を捨て、欲による安価に他者、他の土地を流通を通じて、手に入れ、自己成長の糧とする、
他国の労働者、農地がどうなっていることも知らずに、ひたすら経済の成長に邁進する、
そういう勉強を人類の殆んどが善と錯覚して、競争し行い、またさせられて来ましたね。

現代人が、大地と切り離され、無感動になるのは、きちんと理由があるわけですよね。
芸術家は、食べ物に翻弄されながら、かろうじて、美しい魂意識で保っていても
身体をむしばまれた消費者には、芸術で共鳴するのもなかなか難しいわけですね、
コンサートのチケットが安くなってしまうわけです。
芸術からエネルギーを頂き、対価を支払う、いたって普通の感謝の循環が
お金で行われないわけです。

食を正さず無頓着な、芸術家、アスリートについてもいろいろ考えてしまいます。
ベートーヴェンは肉でも魚でもワインでも好きにとっていたようですが、
彼の時代と今の時代は違うのです。
貨幣、金融、流通による、富の分配の不合理が、まだ世界規模で起きていない時と
今は、時代精神(Zeitgeist)が異なります

この国にどれだけ食があり余り、廃棄され、しかし必要な国と地域にはないという
大いなる矛盾があることでしょう。ベートヴェン時代のアフリカは、オーガニックで
自給自足で成り立っていました。
その後、世界銀行が関わり、アフリカや世界途上国がどうなったか知るとよくわかります。

もはや、世界は、個々が、政治家や代表者任せで、勝手に欲のままで生きていては、
舵が取れないくらい、巨大な私企業、国際的な利益組織が、
労働システム、流通を確保してしまっており、
個々の、マインド・リタラシー、健全な消費意識、それらの微力な力を淡々と改善して
積み上げない限り、永遠と病やテロなど、無関心と心の荒廃が生むものが、
社会についてまわるでしょう。自分の消費活動が、いかに全体に関わっているか。

社会で起きている実態を新聞程度しかしらず、食にも関心がない、
スポーツ選手や芸術家などは、一般市民にとっても参考にならず
一喜一憂する一昔前のヒーロー像を繰り返したたえているに過ぎないとすら
思われます。ローマ時代のコロッセウムで勝負に沸き返る観客と何も変わっていません。

なぜ、天変地異や人災が起こるのか? 内憂外患とはどういうことなのか?
この国にはいろんな事例があるにせよ、みなエゴによる個人の栄達に夢中になります。
ベートヴェンはなんのために、未来の世代に第九をつくったのでしょう。
彼の時代と変わらない、それよりも良くなったものもあれど、良くないものも増えています。
食を正さなければ、根本の創造主とつながりをたたれているような気がします。


テニスのジョコヴィッチ選手も、サッカーの原口元気選手も、
ほとんど砂糖は摂らないそうでですね。真意に模範的な姿勢で、時代の求めるものです。
ジョコヴィッチ、グルテンおよび乳糖不耐性なので、もともと遺伝的にも
腸内細菌の種類と数にハンデがあるようですね。
アスリートは参考になるお手本です、神のような領域で
自然のエネルギーも得ないと相手には勝てないはずです。
しかし、われわれはそういう勝ち負けの競争を経ずして、
古代人は自然に感謝して体によいものを食べていたわけですね。

といっても戦国時代でさえもこの国は菜食、穀物中心でしたね。
エネルギーは、菜食で十分であったということ。
そして発酵食。これがどれだけ腸内細菌叢を豊かにしてくれたことでしょう。

また日本では、戦いの後でも敵を弔う意識も、侍の、腸が腸内のエネルギーが、
輪廻や循環、感謝、自他の区別なく、和合意識の運命感が、生まれた必然ですね。

日本の女性の産道を通じて、世代から世代へ、古代から多彩な善玉菌の伝達、
世界に誇る腸の長さ、すべて必要な意味があって、機能保全されたわけです。
それをたった戦後50年の食生活で、損なうというのは、もったいないし、
大道から逸れてはいないでしょうか。

ルドルフ・シュタイナーは、サイエンスできちんと示されていない当時に、
直観的な洞察で、人間は植物からでも動物からでも必要なもの(アミノ酸のこと)を得られるが、
植物から得る方が、人間にとっては、高度な内臓機能が要求されると述べています。
生分解・生合成、体内の細菌の諸酵素の絶妙な多彩な活動のことを言っている訳ですね。

どちらの食が健康の根底の部分にとって機能を果たすか、言うまでもないでしょう。

日本に生まれた有り難さを自然に感じられる、身体機能を知れば知るほど、ということです。




人間は、消化という生分解そして、アミノ酸、ビタミンなどの必要な生理活性物質の生合成(代謝)は、自動的に、内臓と腸内細菌と自律神経が脳で自分が命令しなくてもやってくれています。
これは素晴らしい機能、信じがたい天から授かりものといえるでしょう。
食べ過ぎ、現代の農薬や化学肥料、化学の添加物、人工甘味料などで大量生産された、産業生成物を食べることが、
人の身体を量子物理学的に自然から進化、共鳴している原子分子という集合体と考えても、
いかに愚かであり、冒涜であり、それが自然の摂理への感謝をなくしたものであり、
宇宙の生命への成り立ちへの人が無関心であるかがよくわかります。

日本人はいつもマスクをしますが、本当は腸に‘マスク‘をする、
ワクチンをうつ、これらよりも腸内改善が遠回りのようで早道であるということの大切さ。
しかも、何でも目先の短期利益でしかSNS時代の人には、これらの
良い腸内細菌叢が、そう簡単に作られるものではにことすら、理解できないでしょう。

腸でリンパ、白血球などの免疫システムがの8割が創られ、脳の神経伝達物質である、
セロトニン(正確には前駆物質のトリプトファン)や
アセチルコリンなども、腸において、腸内細菌が分泌したり、その酵素による触媒で
大きく関わっています。
サイエンスで解明されていても、市民はメディアを通じてしか理解しません。
なぜなら、これらホルモンや、生理活性物質とよばれるものは、
多すぎても、少なすぎてもだめで、人間という宿主を守るのに必要であり、
かれらバクテリアが、この宿主に共生したときから、宿主の器官と器官の命令系統をつなぐ、
全身のバイオ・アクティビティを担う、シグナル分子である今に続く歴史がわかります。

それらを強制的に、細胞の受容体に働きかけ少なくしたり、多くしたりするのが、「薬」です。
短期的になぜ痛みが止まるのか? 飲むだけの人は考えたこともないでしょう。
それに依存させ、自らの腸内細菌と細胞で作らせなくさせる、
自給率を低くさせると、ひとも国も内側から崩壊してしまいますね。

腸の免疫システムは、外から乳酸菌をとっても、日々もの凄い量をとらなくては、
なかなか、私たちの固有の菌の畑に共生してくれるのは難しく、
だからこれだけヨーグルト産業が盛んでもなにもかわらないわけです、
私が農地を中心に現地の生活をもみてもセルビアもハンガリーも、
肉やアルコール、小麦、砂糖をふんだんにたべるので
いくらヨーグルトをとっても、内臓のがん患者については目をおおう有様です。

大事なのは、善玉菌が出す、代謝成分(アミノ酸など)やその菌体成分自体が
免疫の生成に必要であり、それを人間の手でつくったバイオジェニックス論(光岡知足・東大教授)というのが
真実に近いものであり、それらを‘乳酸菌生産物質‘と呼ばれています。
これは欧米では、学会では触れられていても、実践にまでは至っていません。
普段のケアに取り入れるのは大切でしょう。
個人的にも肉・小麦・卵などもやめ、砂糖・アルコールも祝いごとの時だけですね、
またスポーツ選手がとりいれている、超音波、高周波のテクノロジー、など
本来、予防に適用すべき素晴らしい物がこの国にはあります。

マインドとフィジカルの両方のエネルギーが人には必要です。
マインドにはスポーツ、良い音楽、芸術、人の前向きな、美しい心が必要ですね。
しかし人はフィジカルで生きることを運命づけられ、定められている以上、
食という素材を甘く見ている人は何か大きなものを見落としているといわざるを得ません。
現代だからこそです、ルネサンスの時代は、まだそれでもよかったでしょう。
人間の意識は進化すべきなのです。